にこににの歩み
技術へのこだわり
技術でのこだわりと言えばやはり「脈診」です。
・死脈との対峙: 施術を重ねる中で、教科書でしか知らなかった「死脈」が実際に存在することを古典(鍼灸)に照らし合わせて確認できました。
・症状改善の確信: 経験を積む中で「脈さえ整えれば、8割の患者様の症状が徐々に安定してくる(*劇的に楽になるわけではない)」という確信に至りました。これが、今の当院の施術の柱となっています。
・死脈との対峙: 施術を重ねる中で、教科書でしか知らなかった「死脈」が実際に存在することを古典(鍼灸)に照らし合わせて確認できました。
・症状改善の確信: 経験を積む中で「脈さえ整えれば、8割の患者様の症状が徐々に安定してくる(*劇的に楽になるわけではない)」という確信に至りました。これが、今の当院の施術の柱となっています。
患者様との絆(ニュースレター)
きっかけ: 「患者様との関係をより強くできる方法はないか」と模索していた際、FAX営業で出会ったのが現在のニュースレターでした。
院長の想い: 他のニュースレターにはない院長挨拶を自分自身の言葉で300文字程度に綴ることで、患者様へまっすぐなメッセージを届けることにこだわっています。
共創の形: 残りの紙面は信頼できるプロに任せることで、飽きない構成を作って頂き、継続性を保つ。結果として2026年4月に100号という節目を迎えることができました。
院長の想い: 他のニュースレターにはない院長挨拶を自分自身の言葉で300文字程度に綴ることで、患者様へまっすぐなメッセージを届けることにこだわっています。
共創の形: 残りの紙面は信頼できるプロに任せることで、飽きない構成を作って頂き、継続性を保つ。結果として2026年4月に100号という節目を迎えることができました。
にこにこ鍼灸治療院の12年
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2014年頃は「辛さ9割、嬉しさ1割」の1年間。
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2014年4月14日、僕は鍼灸院を開きました。しかし、開業当初の2ヶ月間は……正直に言うと、全く思うようにいきませんでした。
大きな原因は「準備不足」。今思えば恥ずかしい限りですが、当時は技術を追い求めるばかりで、患者様一人ひとりと向き合う準備が足りていなかったのです。ただ、この「暇だった時間」が、僕にとっての転機でした。中医基礎学など、東洋医学の基礎を徹底的に復習する時間が取れたからです。この時の土台が、今の僕の鍼灸治療の根幹になっています。 ◆当院、初めての患者様 記念すべき初めての患者様。男性で腰痛で辛い思いをされていました。 ・当時のやり方は今とは質が落ちる予診票に記載して頂いた後に鍼の注意点を説明した後に、着替えてもらい、お体を診てそのまま施術して終わる、2026年6月現在ではありえないようなひどいやり方でした・・・・。 僕が他の治療院で受けに行ってこにようなやり方で済まされたら、また来て施術を受けたいと到底思えないですね。 この時の『もっとこうしてほしかった』という患者様目線の悔しさが、今の私の丁寧な予診や説明のルーツになっています。 ◆不妊で悩んでいた患者様(サポート1回目) フリーペーパーを見て通院された患者様、当院で初めての不妊治療の方でした。 この当時の患者様の脈が渋脈でしたね、臨床上、診ることが少なく印象に残っています。 渋脈だと妊娠しにくいんですが、施術して12回頃かな?脈が渋脈が取れてやや滑脈かなと思ったころに、妊娠したと連絡があり、嬉しいかったです。施術期間は約4か月。 なお、出産までサポートできることをこの患者様に伝えればよかったと後悔した例でした。 |
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2016年頃〜 試行錯誤と挑戦の日々。リウマチとアトピーとの向き合い方
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2016年頃の思い出は以下の通りです。
◆リウマチで辛い思いをされていた患者様の治療 2016年頃の僕は、今ほど患者様に安心感を与える説明ができていませんでした。リウマチで来院されたその患者様も、当初は2週間以上空いての通院が続くなど、信頼関係を築くまでに3ヶ月かかりました。 ようやく週1回の通院が定着し、理論と臨床を照らし合わせながら3年間向き合った結果、症状が安定する「寛解」まで導くことができました。しかし、続く3年間は諸事情で間隔が空いてしまい、最終的には手術という選択に至り、通院は中止となりました。「もっと強くリスクを提示できていれば」という残念な気持ちは今も消えません。 ただ、この6年間の経験は無駄ではありませんでした。その後リウマチで来院された患者様には、その経験を活かし、わずか2ヶ月で寛解まで導くことができたのです。一人の患者様との出会いが、今の僕の技術を育ててくれました。 ◆脱ステロイドによるアトピーを改善したい患者様の治療 脱ステロイドから10日後、本当にひどい状態で来院された患者様がいらっしゃいました。週2回の施術を1年間、その後週1回を1年間。諦めずに通い続けてくださった結果、皮膚の色素沈着が気にならないほどまで劇的に回復されました。 あの時、患者様が諦めずに頑張ってくださったからこその結果です。3年目に入ろうとした矢先、転勤で通院が叶わなくなってしまったことは今でも心残りですが、患者様の回復を間近で見守れたことは、僕にとっても非常に嬉しい経験でした。 |
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2018年頃から 治療の深みへ。心の病気と向き合い、対話の重みを知った日々
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◆心の病を持つ患者様との向き合い方
2018年頃から、うつ状態など、心の不調を抱えた患者様を診させていただく機会が増えました。東洋医学の理論では、「痰(身体に不要な水)が心(脳)に影響を与える」という理屈は非常にシンプルです。しかし、実際の臨床において、心の病を抱えた患者様とのやり取りは想像以上に繊細で、難しいものでした。 当時、経験の浅かった僕は、何気なく発した一言で患者様を深く傷つけてしまい、通院をやめさせてしまうという苦い経験をしました。良かれと思った言葉が逆効果になる恐怖。その重圧に、当時の僕は自身の心も病みそうになるほど追い詰められました。 ◆もし今の僕が、今後の似たような患者様に接するなら あの時の苦悩を経て、今の僕は違います。今後、似たような患者様と向き合えるなら、あれこれと励ますことはしません。 「頑張らなくていいですよ。もし何か聞きたいことがあったら、いつでも遠慮なく言ってくださいね」 そう一言だけ声をかけ、あとは静かに、黙々と施術に集中する。そして、当たり前のように次回の予約を取らせていただく。そんな「安心できる居場所」としての距離感を大切にします。 |
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2019年頃〜 技術の転換と、二人目の命を授かるまでの伴走
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◆施術スタイルの確立:迷いからの脱却
それまで学会の教科書を信じ、5年間経絡治療を実践してきましたが、どうしても患者様の反応が芳しくないことに悩んでいました。「なぜ結果が出ないのか」。その答えを求めて辿り着いた一冊の書籍が、私の治療家としての進化させてくれました。 同じ経絡治療なんですが、経絡治療学会とは少し異なる考え方でしたが、論理的で納得のいく内容でした。勇気を出して臨床に取り入れてみたところ、患者様の反応が明らかに変わったのです。そこから7年。今では「まずまず」の評価から、時には感激の言葉をいただけるまでになりました。迷いが消え、自分の道が見えた瞬間でした。 ◆二人目を望む患者様と、見えなかった原因 以前、当院で無事に出産された患者様から「二人目が欲しい」と再来院いただいた時は、本当に嬉しかったです。しかし、前回とは脈の様子が全く違いました。前回は「渋脈」でしたが、今回は「速い脈」。 腎虚か肝虚を疑い懸命に施術しましたが、脈は一向に落ち着かず、1年半もの間、試行錯誤が続きました。そんな中、病院での検査で「甲状腺機能亢進症」という原因が判明しました。これを聞いた時、すべての点と線が繋がりました。脈の速さは甲状腺の影響だったのです。 診断を再構築し、腎虚証を中心とした施術へと切り替えました。その結果、約2年半の末に無事妊娠。今回は「妊娠中もケアできる」ことをお伝えしていたため、つわりや腰痛などのサポートも含め、最後まで寄り添うことができました。 ◆治療家であることの喜び 出産後も、この患者様は現在まで継続して通院されています。「健康を維持したいから」という言葉をいただき、改めてこの仕事の責任と喜びを感じています。患者様の未来が明るいものになるよう、これからもずっと支え続けたい。そう強く思える存在に出会えたことは、僕にとって何よりの財産です。 |
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2020年頃から 治療は継続が大事!6年間にわたる腎機能との対話
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◆腎機能低下の患者様への長期サポート
当初、指の動かしにくさで来院された患者様から、「腎機能低下を何とか維持できないか」とご相談を受けたのは2020年頃でした。僕は「定期的な施術で維持が期待できる」とお答えし、そこから6年にも及ぶ伴走が始まりました。 通院から2年、患者様からは「周囲から顔色が悪いと言われなくなった」という嬉しい報告をいただきました。クレアチニンの数値も比較的安定した期間が続きました。 ◆変化と再出発 しかし、3年を過ぎた頃から数値が悪化し、5年目には腎移植という大きな決断に至りました。移植手術は無事成功しましたが、術後の口内炎の影響で食事が満足に摂れないという苦境が訪れました。 再び当院へ戻ってこられた患者様は、1年間の施術を経て、今では施術の間隔を空けても安定して過ごせるまで回復されました。 ◆「良くなる」ことへの喜びと、その先の責任 回復された姿を見るのは、治療家として何よりも嬉しいことです。しかし、同時に一抹の不安もあります。治療の積み重ねがあるからこそ、間隔を空けても安定していますが、本当に心配なのは「2ヶ月以上」空いた時の変化です。想定される経過ですが、「しばらく辛くなるんですが、この状態に慣れてしまうとそれはそれで行けてしまうんです。本当に悪くなってしまうことがあるんです。特に慢性疾患なので・・・」 今、僕がどれだけ言葉を尽くしても、患者様が『今は大丈夫』と感じているなら、その価値観を覆すのは至難の業です。正直に言えば、私自身がもう少し年齢を重ね、人生の深みや説得力を持って語れるようになるまでは、この壁を越えるのは難しいのかもしれません。それでも僕は、いつか患者様が『あの時先生が言っていたことは、こういう意味だったんだ』と気づく日のために、今できる最善の言葉を伝え続けています。 |
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2022年頃から 初めて触れた「死の予兆」と、研ぎ澄まされた治療家の感覚
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◆死脈を診た時の驚き
2022年、義理の母が亡くなる6日前のことです。僕は鍼治療のために義母のもとを訪れました。過去14年間、その脈に触れ続けてきましたが、最後に指先に伝わってきたのは、信じられないほど「正常な脈」でした。 それまで肝硬変による腹水などが進行が分かった時は、脈もすでに「疾脈(非常に速く、不安定な脈)」を打っていました。(*元気な頃の脈は弦滑が主体。)しかし、最期に触れた脈はあまりに穏やかでした。(正常な脈) その時、頭をよぎったのは、東洋医学の古典『難経』の一節。「脈が正常なのに亡くなるのはなぜか」という問いに対する答えは、「植物の根が腐れば、今は花が綺麗でもすぐに枯れてしまうのと同じ」という教えでした。 人間の身体も、最期の時を迎える直前に、一度静かな状態になることがある。その脈に触れた瞬間、僕は治療をやめました。それは、治療家として命の終わりを肌で感じた、非常に貴重で厳粛な体験でした。 ◆治療家の感覚:患者様の「言葉の裏」が見えるということ この頃から、僕の感覚は治療以外にも研ぎ澄まされるようになりました。 開業から8年が経ち、患者様の言動から「治療を中止しようとしているな」「まだこの方は続けたいと思っているな」といった心境の機微が、言葉を交わさずとも分かるようになってきたのです。 時には、あからさまな嘘や、隠しきれない不安まで見えてしまうこともあります。治療家として向き合うべきでない「人間の嫌な一面」まで見えてしまうこの感覚に、正直なところ戸惑うこともあります。 分かりたくないのに、分かってしまう。そんな葛藤を抱えながらも、僕は今、その「分かってしまう力」すらも、患者様の本当の苦しみを見抜くために使うしかないのだと自覚しています。 |
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2026年 命を見送るということ。治療家として感じた最期のあり方
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◆突然の別れと、届かなかった想い
この患者様はご家族から紹介で通院された方で、2024年頃から脊柱管狭窄症の治療を担当させて頂きました。 症状も安定し、ご安心いただいていた矢先のことでした。心臓の疾患が見つかり、大きな病気が重なったことで、ご家族は積極的な治療を避ける「看取り」の決断をされました。 それから約1年。ご家族を通じて、その訃報を耳にしました。食事量が落ちているというお話は伺っていましたが、突然の別れに、正直なところ非常に驚き、言葉を失いました。 ◆「もっと関われたのではないか」という自問自答 声のかけ方次第ではもっと治療に関われたのではないかと思うこの頃。 しかし、この経験は僕にとって非常に大きな意味を持つ「良い体験」となりました。それは、死を前にした患者様に対して、鍼灸師ができることの限界を、改めて実感できたからです。 |
まとめ
「患者様にとって、いつでも通いたいと思う場所でありたい。」
これからも、鍼灸の伝統技術向上と、ニュースレターで患者さんとのつなぐパイプを大切に、皆様の健やかな毎日に寄り添い続けてまいります。
これからも、鍼灸の伝統技術向上と、ニュースレターで患者さんとのつなぐパイプを大切に、皆様の健やかな毎日に寄り添い続けてまいります。

